一年後、変わっているために

今、目の前の景色から変えていく生き方論

父の命日

4月29日父の命日。

私が23?24歳ぐらいの時にこの世での役目を終えた。

それからもう16年は経っている。

今でも毎日、手を合わせている。

先日、命日だったので、久々に父と心の中で会話をしてみよう思い、試みたところ、こんなメッセージをもらった。

『子供の目を見なさい。全部わかるから。』

なるほど。

そう言えば、私が子供の頃、父とふたりでよくお出かけをしていたのだが、バスや地下鉄で時々見かける発達障害の子(中学生から高校生ぐらいだろうか)に、父は必ず話しかけていたのだ。

その頃は、周りの誰もが、見た目でその子たちを避ける傾向が強かった。私も、普通とは違う動きや言葉を発している様子を見ると、どうも怖く感じていた。

父はそんな周りの目を気にせず、『元気か?』『頑張っているか?』『うん、そうかそうか!』と、会話のキャッチボールができているかは別として、まるで知り合いかのように、笑顔で明るく話しかけていた。

そして、決まって『この子たちは純粋で良い子たちばかりなんだ。目を見ればわかる。』

と言っていた。

父は昔、中学校や小学校の教諭、教頭をしてきて、最後は市立札幌病院の院内学級で、自閉症の子供達を受け持っていたと言う。

だからこそ、理解が深く、温かく接していたのだろう。

この、『子供の目を見なさい。』

という今回のメッセージは、昔にこんなことがあったなと思い出させてくれるものであった。

この言葉を受け入れ、私は6人の子供達がそれぞれどんな状態なのか、目を見てみることにした。

いつも目ぐらい見てはいるが、普段よりも数秒長く見てみると、言葉がなくても、何を言わんといしているのか、わかってあげられる。

気持ちをわかってあげようと、優しい気持ちで自分自身が子供達に寄り添ってあげられるのを感じた。

わかってあげれば穏やかに事が進む。

言葉が無くても意思疎通ができる。

子供達は安心感を得られる。

私にとっても子供達にとっても、とても良いことである。

父の命日に、父からとても大切なメッセージをもらえたと思う。

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